眩 しけもく

適当に思った事を吐き出すものです

ひさしぶり

久しぶりに入れた

死ぬつもりで死ねなくて帰ってきた

今は死にたい気持ちは薄いけど、薬を飲んだせいなのかちゃんと元気になれたからなのかは分からない

どちらにせよ、今はきっと首を吊ろうとは思わない。あ舌を無事に迎えられる

 

20歳の原点を読んでいる。全部じゃないから感想は控える

ただ、こんな風に日記を書くことができない質だったからそれだけでほんの少しだけ羨ましい。彼女はよく詩を書く、それらの全部の意味は分からないけど、いつかこれをしれたらと思う。

同じ学科の男子がたしか日記を書くと言っていた、万年筆の話をしたから多分おそらく手書きのそれ。

すごいなぁ、とぼんやりと思う。自分は出来ない。

 

 

今日は鋭い方の柑橘のお酒。ゆずと八朔

みかんとおれんじ系のぎゅっと詰まったじゅわじゅわ系は好きだけど、レモンとかの方の鋭くて薄い柑橘系は苦手。好みがパッキリ別れてる、柑橘、と一括りにするより2つくらいに分けて欲しい。鋭い柑橘、詰まった柑橘。後者が好き。

おや

最近は音楽を聞きながら編み物をして、2chのまとめの文字だけが流れる感じの動画に目を通している。映画を観るのもいいかなとは思ってるんだけど、無性に音楽が聞きたくなってしまうのと気分で音楽。動画を見たりもするけど。

 

親が死んだとか、親の大事さとかを色々考えているまとめをちらほら見かける度に泣きそうになる。僕の親は今50代、まだまだ2人とも元気にしているし人間ドックも定期的に行ってる。たまに熱を出したり頭痛がすると言って休んでいたりすることもあるけれど、特に大きく体を壊したり動けなくなっていたり深刻そうな話をしている様子もないから元気なんだと思う。そう、思ってる。僕が末っ子で頼りにならなくて、長男長女だけは何か知っているということも無くはないのかもしれないけど。

 

すこし、不安になる。僕は自分のことばかり考えていて、最近はずっと死にたいと考えてどう死ぬかばかりを考えていたから、親の死に目に立ち会うつもりなんて全然なかった。親が死ぬより先に自分が死ぬつもりだったから。自分が死ねなくても、母さんが自分より先に死ぬなんて全然想像できなかったから。

 

僕は母方も父方もみんな祖父母が生きてて元気。従兄弟もみんな元気で、なんていうか。親戚の死を経験したことが無い。旧友が自殺したのも、きっと今でも他人事よようにしか受け止めれていないんだと思う。

 

身近な人間が死ぬということを未だに僕は理解していない。だから、親の死が分からないことに包まれていてすごく怖い。漠然とした不安がそこにただあるだけなんだけど、それでも。足がふわふわとうく様な、そんな感じ。分からない、怖いね。

 

家事とかお葬式とかお金のこととか、色々残る問題はある程度予想できるけど、それに立ち向かえるのかと言われれば自信が無い。

甘えたいから死なないで欲しいと考えているだけなのかな。それは何となく、嫌だ。

 

胸が苦しくなる。人の死は、大きな悲しみは出来ることなら味わいたくない。味わわなければならない事だけど、本当に、怖い。

 

 

人との別れは苦手だ。それはきっと僕じゃなくても、だけど。

ごはん

夕食の時間が本当に嫌い。拒食症という訳じゃあないんだけど、本当に嫌。父親が咀嚼音立てながら真横で食べるから吐きそうになる。別の席に逃げてもその席は母の隣で、母も母で咀嚼音するから吐きそうになる。ご飯が不味いわけじゃあないんだけど。

 

神経質なのかなと少し気に病んだり。全部吐きそう、不安定になるから泣きそうになる。

自分だけ後に食べたい、と言うと母は不機嫌になるし心配もする、また死にたくなってるのかなとか、そう思わせる。普通に体調悪くてご飯少なめでお願いするだけでもすごく勇気が居るし、酷く心配するものだから出来ない。吐きそうなのはとりあえず我慢出来るし、万が一親の前で吐いても飲み込めば良いだけだから何とか我慢。

 

近いうちに不自然じゃない改善方法を探そう。

 

 

家を出たいなと常々。1人になりたい。今でする物音に耳をすませて機嫌を予想して心身すり減らすのも嫌だ。

 

抜毛症が治らない。最近は少し酷くなってきている気がする。気がついたらまた沢山抜いてしまっている。抜いてる時の記憶が無いんじゃないんだからやめればいいんだけど、やめられない。どうしようも無いな。

 

 

また先延ばし。

いらいらのふわふわ

母さんが苛立ちを隠すのが上手くなったような下手になったような、わからなくなって来た。顔を合わせている時は普通に話していると思うし特段イライラした様子は見えない、けどさりげなく部屋を移ったりするのが多い。それだけならきっと気にしすぎなだけなんだけど、部屋を移った後の母さんの足音がすごく荒い。気にし過ぎなら、良いのだけど。

 

lainを見てる。serial experiments lainが多分正式名称。パソコンとかネットとか、そこら辺の機械にもう少し詳しかったらもう少し楽しんで見れたのかなとか思うけど、雰囲気はなんとなく伝わるから良いかなと。

つい魅入ってしまう。惹き込まれるような感覚。

 

 

素敵。

 

時間

19時から24時、0時まで5時間もあるのだと知って少し驚いた。無駄に時間を過ごしてしまった感じがして悔やまれる。

 

僕が過ごす一日のうち、何かを得られている時間というのはどれくらいなのだろうと思う。大体2時、3時頃に寝て6時に起きるようになっているから朝の睡眠が3、4時間ほど。これは取るべき時間だから損だとは思わない、大事。むしろもっととるべき。その後の時間、朝食とごみ捨てと少しの母との会話で1時間、お昼、夕食とお風呂等で2時間程度?で3時間。

だから、特段これと言ったやるべき事がない休日は、日課のようなもので取られる時間が多めに見積もっても7時間程度、その他の17時間は僕が自由に使って、何かを見て何かを感じて、何かを得るために使える時間だ。

 

僕はその17時間に見合う何かを手に入れられてるのだろうか?

 

ただぼんやりして無駄にしているようにはならないように気をつけてはいる。編み物などの作業をしたりこれを書いたり、手が疲れたなら映画や動画を見て、自分の感情をできるだけ具体的に感じられるように心を使っている、ようにしている。ただ目を閉じて思考に集中することもあるし、音楽を聞いて歌詞をなぞって、あれこれと何かを連想したり曲のテーマについて自分なりに考えたり。

 

頭を休ませて立ち止まらないようにはしている、から僕は前進している筈だ。

そのはずなのだけど、如何せんそこで何を得られたのかと考えてしまうと、たまらなく無駄に思えてしまう。無駄じゃないと信じていたいけれど、思考した幾つかはきっと忘れてしまっていて無駄になっているのだろうと思うとやるせない。

 

全てが全て目に見える結果になるとは考えて居ないけれど、目に見えないのはやっぱり少しだけ不安になる。

抱えている問題が少しずつ解けているのを祈る。

でも、解けていく程にまた新しい問題が浮かび上がってきてしまって、全てが無くなるのが遠い向こうに思えてしまってすごく億劫に思う。今のことが解決出来たら将来のこと、仕事のこと、その後のこと、お金のこと、親のこと、人間関係のこと。

 

悩みのない人生なんて味気ないから悩みがあって良いのだろうけど、頭を休ませるのが何となく今は怖いから悩みがあって嬉しいと思う。

けれど、少し疲れた。頭を休ませたい。

でも休ませても時間が無駄になってしまってるという焦燥感に駆られてしまいそうだから、やっぱりだめだなと思う。

 

もう少し上手に、器用に生きたい。

緩やかに息を引き取る感覚

界隈に戻るのを辞める事にした。ずっと前から嫌われてるのも馬鹿にされてるのも知っていたけど実感がなかった。それをきょう、さっき、何となく実感出来た気がするから。

馬鹿なのは知っているしその通りだ。愚かで稚拙で、なんて生きてるのかも分からないくらい恥ずかしい存在なのも知っている。生きているのがはずかしいから死にたいと思うのは馬鹿らしいかもしれないけれど、頭の悪いまま生きるのは嫌だなと思う。

それなら死んでしまおうとばかり考えていたけど、最近はどうせ死ねないことに気づいたので頭悪いのをやめようと思った。

寂しい悲しい、それを理由に堕落するのはもっと自分が嫌いになるだけなんだと気付いた。動けないと再三自分に言い訳していたけれど、それは動けないんじゃなくて動くのが厭わしいだけなんだと思う。自分に熟甘かったんだと思う。甘いのは知っていたけれど、本当に、本当に。被害者ヅラばかり、嫌気がさした。

 

裏垢界隈をこの間覗いて、すごく恥ずかしくて馬鹿らしいものに見えた。自分もあの中にいたんだと思うとすごく恥ずかしいし嫌になる。

 

自分を嫌いになりそうな行動はやめようと思う。気付くのが凄く遅いし生きるのがとことん下手なんだなと思うけど、今気づけただけで良いかなと思うようにしたい。

 

 

がんばろう、と思う。甘えるの、やめよう。

 

多分僕は恐れ回避形?のやつだから、せめて回避形になれるようにする。1人でいたいと思うくらいに、なる。

愛憎?

普通ってなんだろうと思う

もう少し上手く生きれたらいいのにと思うけどあんまり上手くいかない

母さんが苛立っているようで凄く怖い。

数日前に『いつでも死ねる』というのはある種の救いになり得るだろうという話をしたけれど、きっと僕には『いつでも死ねる』というそれはないんだろうと思う。母さんが悲しむから、だと思う。

 

僕にとっての母さんはなんなんだろうと思う。大好きだ、幸せにしたい、幸せになってもらいたい、悲しませたくない。そう思うけれどそう思う度に、何となく、なんとなく胸が苦しくなる。息が上手く出来なくなる感じ。

 

幸せになって欲しい、それは本当の筈だ。母さんがどれだけ好きなのかを話す度に泣いてしまうのは好きすぎるから?分からない。

 

けれど時々、居なくなってしまったらいいのにと思う。いなくなってしまったら、僕も『いつでも死ねる』をきっと手に入れられると思うのに。でもきっとこんなこと思ってしまうのはいけないんだと思う。好きなのに居なくなったらって思うのは凄く馬鹿らしいけど、けど。

 

分からない。

 

ご飯が美味しくないしふわふわと怖いのが見える感じがして心が落ち着かない。お薬ももうやめようと思う。お薬のせいなのか分からないけど。

 

ほんの少しの音?が虫の音みたいで気持ち悪く思う。ヘッドホンをつけて大きな音で聞いても聞こえる気がしてざわざわする。よく分からない。

 

わからない。

 

わからない。

 

 

 

考えたくない。